詩の朗読「灘岡三好一家心中……お願いだからダイナマイトの導火線に火をつけて」竹下力 by 竹下力 published on 2023-02-06T14:54:52Z 僕はもうこれ以上、上手に生きられない。 僕はこれ以上上手に空っぽになることができないから。 僕を満たす涙を星のように炭鉱の天井に貼り付けて。 僕ら家族は今、湿気たダイナマイトを口に咥えて泣いている。 炭鉱に入り込む2月の冷たい風が僕の涙を乾かす前に僕らを爆破させて。 お願いだからダイナマイトの導火線に火をつけて。 僕には何もない。僕らは空っぽだった。誰かが満たしてくれたら。 そんな幸せな願いも、約束も、僕には何も意味をなさずに。 なんとか頑張って生きようと思っていた。 とてもすごく頑張って生きようと思っていた。 願ってさえもいた。生きようと思えば生きられると。 それでも僕の愛した花井花子がヌードモデルをしていたなんて……いいんだ、そんなこと……どうせ。 灘岡湖の湖面が寒さで凍ってスケートリンクにしていた子供達の笑い声を聞いたら決心できたよ。 炭鉱の奥の壁にへばりついている氷の窓が壊れ続けるのがひび割れるたびに稲妻みたいに思えて。 壊れ続けるものは壊れ続けるように思うんだ。 僕は壊れていたから。もう元には戻れない。 天井には80ワットの電球が点りながら古びた発電機のモーター音が悲しげな犬になって吠えているけれど、月は雲に隠れてしまった。 僕はもうこれ以上、上手に生きられない。 炭鉱の奥にはみんなが革命のために残してきたダイナマイト。 それらはすでに湿気て死んでいる。 ダイナマイトが死んでいるんだから僕らの革命はきっと失敗するだろうし、生きることも上手く行かないんだろう。 諦めている訳じゃないから雪を踏みしめた足跡に降り積もる雪が僕らを消していくのと同じように消えていくのが愉悦であると笑ってみたい。 僕はもうこれ以上、上手に生きられない。 僕ら家族は今、湿気たダイナマイトを口に咥えて泣いている。 炭鉱に入り込む2月の冷たい風が僕の涙を乾かす前に僕らを爆破させて。 僕には何もない。僕らは空っぽだった。 お願いだからダイナマイトの導火線に火をつけて。 僕らは何度もマッチを擦って火をつけるのに湿ったダイナマイトは爆発しない。 フェラチオみたいだと弟が笑った。 母さんは悲しげな顔をして「そんな冗談なんてもう……」なんて泣いていた。 父さんは「これは最後の晩餐さ」とひねた笑いをしていた。 僕らはダイナマイトを口に咥えながら、さながらギャングの咥えた葉巻のように笑い、泣き、悲しげに犬になって吠えようとした。 僕を救って欲しいなんて言えなかったけれど。 それでも吠えたかったんだ! 炭鉱の中で吐く息が真っ白い。 その時不意に、古びた発電機が壊れて燃え盛り、灘岡駅西口に火炎瓶を投げた灘岡ダム建設反対派のテロ犯のように燃え始めた。 僕らは口に咥えたダイナマイトの導火線を火にかざし、暖かさの中に身を沈めた。 「こうなることを……願わないで」と母さんが笑った瞬間に。 炭鉱は粉々に崩れていく……すべてが無かったことになるんだ! ああ、僕に満たされていく壊れ続ける窓の壊れていく窓の心の感覚が。 月に吠えた犬の悲しげな星に靡きながら涙が溢れた。 僕は涙に満たされている。笑ってよ。 僕はもうこれ以上、上手に生きられない。 Genre Rock